梅田東・中崎・北天満 レトロストリート構想
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梅田東エリアとは?
中崎エリアとは?
北天満エリアとは?
 
創造都市キタ/扇町創造村
大阪市立大学大学院 創造都市研究科
 
 
(1) 梅田東エリア(2) 中崎エリア(3) 北天満エリア
 
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新着情報
 
中崎エリアとは?
   
   梅田東地区は、芝田町・茶屋町などからなっています。茶屋町は南北に曲線的に横断する旧能勢(池田)街道筋に三軒(鶴、萩、車)があったことに由来します。明治中頃には木造9階建の凌雲閣がそびえていたことで有名でした。
   
   もともとは交差していた阪急電車と旧国鉄の間に高架問題があり、その解決のため、阪急梅田駅は順次北上移設されていきました。
   
   1969年には茶屋町の東に新御堂筋が開通するとともに、この地区の繁華街としての発展も進みます。
   
   1970年代より、芝田町周辺地区には、阪急三番街、古書のまち「かっぱ横丁」、グランドビル、DDハウスなどができて、梅田駅東地域の骨格ができていきました。
   
   1989年にMBS本社、梅田ロフト、1992年にちゃやまちアプローズなどが開業し、1990年代には、第1次の茶屋町開発ブームとなります。古い家の多かった茶屋町に突然大きな交通流動が生まれ、まちが変容していきます。
   
   1998年の茶屋町市街地再開発事業の都市計画決定により、2000年代に第2次の茶屋町開発ブームとなります。2005年に阪急レトロストリートの起点ともいうべき芝田地区からの東に向かう通りにNUちゃやまち、またアーバンテラス茶屋町などが開業、若者の流れができるようになります。今後は、アーバン茶屋町プロジェクトなど東部の開発も予定されています。
   
   全体として、若者向けの店・複合商業施設が多く並ぶスポットであるとともに、昔の風情のある路地が残っている不思議な空間もあります。
   
   この地域では、北梅田地区まちづくり協議会の活動や、宝塚造形芸術大学大学院や上田安子服飾専門学校などの生徒さんの活躍により、地域マップなどを作る運動もさかんです。
   
   2011年に阪急高層化、北ヤード開業となりますが、北ヤードのメインストリートである南北軸と東西軸のうち、東西軸は、賑わい軸と称されるように、若い人を中心にして大きな人の流れが予想されます。この通りは、現在のヨドバシ北側の大通りに接続し、その流れは、芝田商店会から阪急ガード、NUちゃやまちを通って、レトロストリートに向かうのです。地域も大きく変容していくことが予想されます。
   
   レトロストリートの起点ともいうべき芝田町商店街では、素敵なホームぺージ情報も公開しています。
   
   さあ、レトロストリートに出発しましょう。
   
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